ものづくり日本の心--日本のものづくりは世界の財産である-- |
まえがき
■日本のものづくりは世界の財産である
富岡製糸場、八幡製鉄所、軍艦島・・・明治の産業遺産がユネスコの世界文化遺産に登録されて話題になっています。
明治維新以来、わたしたちは西洋の科学技術に学び、取り入れてものづくりを構築してきました。そうして生み出した私たちのものづくりは、加工の微細度がナノ(一〇〇万分の一ミリ)レベル、不良率は一〇〇万個に何個かという、究極の精度を実現しています。こと品質・精度に関して言えば、世界の市場ではほぼ他国の追随を許さない「勝負あった」状態にあります。
こうした高い精度のものづくりを実現してきた背景には、日本人の自然に対する思いや美意識、労働観、作ることへの強い関心など、独自の文化や価値観が私たちのベースに「通奏低音」のごとく流れていて、それが、小さな工夫と改善を続け、コンパクトで高品質、壊れないものを生み出す基盤になっているように思います。
その意味で、日本のものづくりは、日本の伝統文化に西洋の科学技術や合理性が融合されて生まれた、世界でもオンリーワンの文化といえるでしょう。
いま、情報技術の急速な発達を受けて、技術の高度化が加速度的に進み、最先端の製品を生み出すために、これまでなかった一ランクも二ランクも上の高い精度や安定性が求められています。そして、世界中の最先端のものづくりの現場で、私たちが構築してきた高度な技が使われています。
小型化・高機能化する携帯端末、IT製品、高い精度と緻密な加工技術が求められる宇宙・航空機、半導体など、日本の緻密な技術から生み出されたノウハウや高精度な機械・電子部品がなければ、新しい製品は成り立たなくなっています。日本が構築してきた高度なものづくりの力がなければ、高度な製品も生み出せなくなっているのです。
人は、自然界にある「もの」と、人が手を加えることで生み出した「もの」を利用することで、空間的、時間的、さらには精神的な広がりを持った活動を可能にしてきました。言い換えれば、「ものをつくる」という行為は、人間の尊厳と文明を支える基本的な要素なのです。人がホモ・ファーベル=ものつくる人といわれるゆえんです。
これまで産業技術の開発を進めてきた先進国の多くの人たちが興味を持たなくなってしまった“ものをつくる”という原初的な行為に、日本人はいまでも強い関心を持っています。そうしたものづくりの精神と技術は、未来に向けた貴重な「人類の資産」であり、「世界の財産」でもあります。
この先、まだまだ、作り出すものについて改革・改善・改良の努力が不可欠です。そのノウハウをさらに展開し、必要としている世界に広め、次の世代につないでゆくことは、私たちの役目といってもいいでしょう。
■日本人の底に流れるものづくりの通奏低音
一九世紀中頃から第二次大戦後しばらくの間まで、圧倒的な力で豊富な物量を生み出し続けていたアメリカでは、ものづくりの多くは国外に移動し、製造業はGDPのわずか十三パーセントを占めるにすぎなくなっています。アメリカ国内の産業としては、製造業は主役の座から去り、老兵は消えゆく運命にあるかのようです。
アメリカ経済のけん引役であるアップルは生産を自社で行っていませんし、アメリカものづくりの代名詞だった自動車産業さえ、国の支援なしでは一人歩きがおぼつかなくなっています。
こうした製造業の後退について、ラストベルトの人たちが工場を再開せよ、仕事を返せと主張しているだけで、多くのアメリカ人はあまりこだわりを持っていないようですが、日本人はいまでも「ものづくりを放棄して日本経済の発展はない」と異口同音に言います。
アメリカ人が興味を失った「ものをつくる」ということに、わたしたちはなぜこれほどこだわりを持っているのでしょうか。こんな国民は、歴史上、世界にも例はないのではないかと思います。
近年、日本でもサービス産業化が進み、製造業のGDPに占める比率はわずか二二パーセントにすぎなくなっています。それでも多くの日本人は、やはり製造業が元気でなければ日本はダメといいます。なぜ、私たちはこれほどまでに、ものをつくる製造業にこだわるのでしょうか?
日本人のこうしたこだわりをみていると、ものをつくるという行為そのものに、日本人をひきつけてやまない何かがあるように思えてなりません。
江戸時代中期(一七五四年)に発行されて人気になり、何度か版を重ねて、パクリ本まで発行された書籍に「日本山海名物図会」というのがあります。
絵入りで諸国の山海名物を紹介するいわばカタログ本のはしりのような書籍ですが、紹介されているのは、諸国の山海名物といっても、そこで紹介されているのは名物そのものではなく、その名物を採集・加工する現場の様子であり、いまふうに言えば「現場拝見」といったメイキング本なのです。
山陰地方では、たたら製鉄が知られていましたが、イラスト入りで紹介されているのは、鉄鉱石や鉄がとられる自然環境や作られた鉄製品ではなく、原料である砂鉄を集める様子やそれを溶かす炉と、ふんどしひとつの裸姿で炉の横にあるふいごを踏んで風を送っている作業者たちの現場の姿なのです。
一般に、知らない土地に特有な名産品があるときけば、それはどのようなものなのか、どんな形・姿をしていて、どんな味がするのか? その調理法は?・・・と関心をもつのは分かります。でもこの本が紹介するのはそうではないのです。名産品そのものへの関心以上に、名産品を加工するプロセスに焦点があてられて紹介されているのです。読むのは、いったいどのような人たちなのでしょうか。
しかも、この本は、一七五四年に発行された後、四三年後の一七九七年にも版が重ねられているだけでなく、類似の書名のパクリ本まで発行されているのです。
わたしたちは、ものをつくるという行為に、なぜ、こんなに関心をもつのでしょうか。業(ごう)と言ってもいいようなこうしたこだわりは、世界でも突出しています。
わたしたちがそうしたこだわりを持っていることを、普段はまったく意識していません。
しかし、もしかすると、ものをつくるプロセスへの強いこだわりは、あたかも遺伝子に組み込まれたDNAのように、通奏低音となって、私たちのなかを流れているのではないか。それが結果として、私たちにものづくりへのこだわりをもたせ、高品質なものを生み出させているのではないか、そう考える以外に、説明がつかないのです。
■ラーメン店主にみるものづくりの魂
日本人のものをつくるという行為へのこだわりは「業」だと書くと、それにしては最近の若者は、ものづくりにまるで関心を持たないではないか、と反論をいただきます。
たしかに、かつての高度成長時代のような、旋盤一台を持って軒下を借りて独立する、といった光景は姿を消しました。時代が変われば技術が変わり、それに合わせてものづくりも変化します。現在の経済環境ではそれは成り立ちません。
しかし、業である以上、どんなに時代が変わっても、やはり日本人のものづくりに対する関心は、不滅だと言っておきたいと思います。
たとえば、皆さんは、最近のラーメンブームをどのようにご覧になっているでしょうか。 毎日のように新しいお店が誕生し、評判になれば開店前から長蛇の列ができます。マスコミでは、そうしたお店がいち早く名店として紹介されます。雑誌でもおいしいラーメン店を紹介する特集が花盛りです。しかも毎号新しいお店が何軒か登場しています。それだけ新陳代謝が行われているということです。
こうしたラーメンブームを支えているのは、もちろんラーメンを好んで食べる消費者ですが、それをけん引しているのは、独自のスープやラーメンをひっさげて、次々とラーメン業界に名乗りを上げてくる若者たちです。ブームは海外にも飛び火し、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリン、ローマと小麦文化の世界に浸透して、いまやラーメンが食べられない都市はありません。しかも、各地で熱狂的なラーメンファンを生んでいます。
客としておいしいラーメンを味わうだけではもの足りずに、さらに上をめざして自ら作り出そうとする、やむにやまれぬ思いこそ、私たちの中に流れるものづくりの通奏低音、DNAの発露なのではないか、そう思わざるをえないのです。。
私には、独自のスープを生み出そうと工夫を重ねている若きラーメン職人の姿が、かつて競うように旋盤にしがみついて切磋琢磨し、技を磨いた職人たちの姿に重なるのです。
レシピを考え、食材を探し、試作しては捨て、試作しては捨て、試行錯誤を繰り返して新しいスープを作り出そうと日夜励む、バンダナを頭に巻いた若き店主予備軍たち・・・。
私には、彼らの魂の奥底で、ロックのリズムで鳴り響くものづくりの通奏低音が聴こえるような気がするのです。
ラーメンは、小麦でつくった麺をゆでてスープをかける、スナックと言っていいようなシンプルな食べ物です。素材も、調理も単純だからこそ、麺やスープの違いは品質に大きな影響を及ぼし、そこに工夫と差別化の余地が生まれます。
これほど単純な食べ物であるにかかわらず、スープの出汁、素材、さらには麺の微妙な固さにこだわり、次々と新しい味、食べ方を求め、これに応えて作品を生み出していく日本人は、いったいどのような人間なのでしょうか。
元をたどればたどり着くであろう中国では、ラーメンは特別視されていません。というよりも、日本のラーメンは、中国の麺とは別に進化を遂げた日本独自の亜種と考えた方がいいと思います。
中国では昔も今も麺は単純な食べ物で、スープと麺だけの食べ物に、こだわりを持って工夫する店主もあまりいないようです。地方に行くと、麺が澄んだだし汁に入った状態で供され、テーブルにある醤油など調味料を使って自分でかってに味付けして食べてね……などというお店さえまだあります。
出汁やトッピングに工夫を凝らして、自立した一食としての価値を持たせた日本のラーメンが、多くの国で高い評価を獲得しているのも納得します。麺のおいしさを「食の大国」を自認する中国人やフランス人、イタリア人に再評価させた功績は、日本人のものづくりの魂のなせる業と思います。
ラーメンの手軽さは、アメリカで言えば、ハンバーガーやホットドッグのような位置にあると思いますが、アメリカで若者が独自のハンバーガーやホットドッグを工夫して名乗りを上げる、ということはあまり聞きませんし、それを期待する声もあまり市場から聞こえません。
最近はパンケーキのお店が日本に出店して話題になっていますが、それもどちらかと言えばトッピングの豪華さ、目新しさが売りで、パンケーキそのものの味の違いを競って、若者が起業するというものではないように思います。ラーメンの基本はスープと麺であり、トッピングの奇抜さで売るのは、いわばデコ車仕様。ものづくりの本筋から外れた遊びの範疇にすぎません。
ラーメンを求める客に思いを寄せて、味の違いにこだわり、究極のスープ、麺、その仕上げとしてのラーメンを追求してやまない作り手の姿勢に、日本人が持っている「ものをつくりたい」というDNAが見えるのです。
■日本のものづくりの潜在力
これほどまでに、自ら作ることにこだわる民族を、私は寡聞にして知りません。
私たちは、小さい時から日本は加工貿易の国だと教えられてきました。国内に資源がないから、原材料を輸入して、それを巧みな技で加工し、付加価値の高いものにして輸出する、それが資源のない日本の生きる道だ。子供のころからそう教えられ、日本の産業界は、その教えの通りに事業を営んできました。
そうした教えは、しばらく前まで問題なく機能してきましたが、ここにきて、すこしあやしくなってきました。家電製品に代表されるように、新興国が安価な労働力をバネに台頭してきた結果、日本が手の内にあると思っていた市場がつぎつぎと奪われ、国内では製造業が立ちいかなくなってきたのです。
はたして、日本の産業界はグローバルな市場で生き残っていかれるのか、日本のものづくりは大丈夫なのか、危惧する議論が絶えません。
日本には高度なものづくりの技術があり、まだまだ大きな可能性を持っているという楽観論から、いや、日本の技術はガラパゴス化して行き詰っているので脱ものづくりを図らなければ将来はないという悲観論まで、さまざまな意見が言われています。はたたしてどうなのでしょうか。
ものづくりというのは、長い蓄積の結果行われるものです。イギリスの紡績・繊維、ドイツの機械、スイスの精密工業などの例を見ればそのことはよく分かります。その国の自然や歴史、伝統、文化、地政学、あるいは気候や国民の気質などによって、それぞれの国に独自のものづくりが行われ、その蓄積が花を咲かせて、世界市場でのシェアにつながってきます。
そうした歴史を前提にしてはじめて、その国のものづくりを語ることができるのではないかと思います。
では、私たちのものづくりとはどのようなものなのでしょうか。
・対価のためだけでなく、消費者の喜びを糧として、使う人の立場に立ったものづくりを志向する性向
・繊細な仕上がりを求めてより高い技能をめざそうとする姿勢
・仕事そのものの成果に関心を持ち、さらに良くしたいと不断に改良を重ねる継続力
などについてはよく言われますが、もう一つ
・ノーベル賞の自然科学系の受賞者数で、二〇〇〇年以降2017年までに、日本はアメリカ50数名に続いて2番目に多い15名を出し、イギリス、フランス・ドイツ・・・を圧倒する科学技術力と創造力をもつ
ということも、私たちの特徴と言っていいと思います。
もともとノーベル賞は受賞者の国籍を問うていません。なので、ここで受賞者数を国単位で問題にするのは本意ではありませんので、目安としてご覧ください。日本人受賞者としては、アメリカ国籍の南部陽一郎、中村修二を除いています。また、海外ではロシア国籍とイギリス国籍など複数国籍保持者を除いています。
消費者、使い手を思いやる心があり、世界中から高く評価される繊細で高度な技があり、労をいとわぬ勤勉さがあり、なおかつ、科学技術の領域で世界トップをいく創造力を有している国、そんな国がものづくりで将来がないとは、思えません。
■日本のものづくりはどこを目指すのか
「日本のものづくりはダメ」そんなことが大きな活字で報道されたりしています。
過去にジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、自他ともに世界一と言われた電気製品は、いまや世界の市場でシェアを落とし、浮上する兆しも見えません。ITの発達によって技術ノウハウがソフト化されたことで、日本が強みとしてきた、摺り合わせ技術の優位性が、ボリュームゾーンの製品で失われてしまった結果です。
こうしたことから、日本におけるものづくり技術はガラパゴス化していると言われたりしています。本当に日本のものづくりはダメなのでしょうか。私たちはそうは思いません。
ものづくりの問題よりもむしろ、高度なものづくりや創造力がありながら、それを活かせないマネジメントの問題というべきでしょう。
アメリカの産業は、ものづくりから離れた代わりに、航空宇宙分野や医学生理学・遺伝子領域、先端の技術開発、ITC、金融工学……に特化し、リーダーシップを保とうとしています。残念ながら、日本が同じ土俵で勝負できるとは思えません。実体のない、予測や将来の変動リスクを取引のタネにするという発想は、日本人からはなかなか生まれないのではないかと思います。
となると、日本独自に、将来の方向を見つけ出す必要があります。世界市場でそれなりの位置を確保し、将来に向けて、先端を走り続けるためには、日本の産業はどこをめざすべきなのでしょうか。
同じようにものづくりでの立国を目指しているドイツでは、第四次産業革命として、インダストリー4・0(Industrie4.0)を政府主導で進めています。自在なものづくりを構築することでドイツの強さを築き上げようとするもので、その基本は、サイバー・フィジカル・プロダクション・システム、つまり、ITとものづくりを統合して、国ぐるみで自在な生産を可能にしようという壮大な試みです。目標は2025年、政官学・産業界をあげてノウハウを蓄積しようと、そのための規格・標準づくりが始められています。
日本は明治以来、西欧科学技術を取り入れてものづくりを発展させてきました。
その始まりは、わずか150年ほど前のことにすぎませんが、前提となる「もの」を「つくる」という行為・意識に関して言えば、日本人の歴史、伝統、文化を前提に独自の発展を遂げたものだということができます。
日本の文化は、西欧の人々にとって、異なる価値観を持っています。
日本が西欧との交流の窓口を開いて一五〇年、お互いを理解するまでの多くの苦難の歴史と、交流の積み重ねを経てきました。以来、150年を経て、やっと西欧の人々に私たちが持つ文化や価値観が、遅れた異端なものとしてではなく理解され、新しい刺激として対等な視点で受け入れられ始めています。
この日本発の文化は、新たな価値観となって、西欧の人々に、新たな刺激を提案するようになっています。そして独自の価値観から生まれた商品が世界で受け入れられ始めています。一杯のどんぶりに独自の世界観を盛り込んだラーメン、手軽に清潔を演出する洗浄トイレ、バラエティに溢れたスナック菓子・・・などなど。
今後、二つの文化の違いを前提に、日本からさまざまな商品を提案する可能性が大きく広がっています。日本発のものづくりが本領を発揮するのは、むしろ、これからなのです。
最終的な製品が高度になればなるほど、同時に、それを支えるものづくりにも高度な技術が求められるようになります。
例えば、自動運転。Aに指示を出せば、確実に毎回高い精度でAを行う、危機への信頼が負ければ成り立たない技術でもあることは言うまでもないでしょう。どこまでの精度で、感度繰り返すことが求められるのか。それを前提にしか成り立たないシステムであることを考えれば、求められる高い精度の緻密な技術を保証する国は、現状では日本をおいて他に考えられません。
「未来は過去の中にある」――といわれます。
未来に向けて日本のものづくりはどうあるべきか、そして私たちは何をするべきか、それを考えるよすがとして、私たちのものづくりの歴史と伝統、そして強さの源泉を、もう一度確認してみようではありませんか。